大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和54年(ワ)1900号 判決

原告

大久保榮

原告

大久保洋生

右両名訴訟代理人

岡本弘

矢田政弘

被告

音羽町

右代表者町長

堀内重昭

右訴訟代理人

清水幸雄

村橋泰志

中森幸一

被告

株式会社東海放送会館

右代表者

鈴木充

被告

大成建設株式会社

右代表者

佐古一

右両名訴訟代理人

伊東富士丸

河上幸生

梨本克也

葛西栄二

主文

一  被告音羽町は、原告ら各自に対し、金三一一万八三一九円及びこれに対する昭和五四年四月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告らの被告音羽町に対するその余の請求並びに被告株式会社東海放送会館及び同大成建設株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告らと被告音羽町との間に生じたものはこれを四分し、その三を原告らの負担、その一を被告音羽町の負担とし、原告らと被告株式会社東海放送会館及び同大成建設株式会社との間に生じたものは原告らの負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告らは各自、原告両名に対し、各金一三〇九万五一二五円及び右各金員に対する昭和五四年四月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告ら

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告大久保榮は東急観光に勤務する会社員であり、原告大久保洋生は原告榮の妻であるが、原告らは昭和四六年一〇月二一日に婚姻し、昭和四七年八月二四日に長男栄一をもうけた。

2  栄一は、昭和五四年四月一七日午後四時一〇分ころ、愛知県宝飯郡音羽町赤坂台一七番二公衆用道路(所有者被告音羽町)に設けられた集水枡に接続する排水管から、貯水池に転落して溺死した(以下、右転落死亡事故を「本件事故」という。)。

3(一)  本件事故現場は、被告株式会社東海放送会館(以下「被告東海放送会館」という。)が、昭和四八年一二月八日愛知県知事四八指令建第二七―一一三号をもつて都市計画法二九条による開発許可を受け、開発行為に関する工事をした愛知県宝飯郡音羽町大字赤坂萩地内第一工区に属している。

右開発行為に関する設計及び工事の施工は、被告大成建設株式会社(以下「被告大成建設」という。)によつてなされ、本件事故現場付近の道路、側溝、集水枡、排水管、貯水池は、昭和四九年中に被告音羽町の所有並びに管理するところとなつた。

(二)  栄一が転落溺死した貯水池は、宝飯郡音羽町赤坂台所在の赤坂台団地内に灌漑用水及び防火用水確保の目的で築造された、東西約一三三メートル、南北約二四メートル、最深部約四メートルの規模の池である。そして、貯水のためコンクリートで地面が固められた部分と草の生い茂つた土手部分から成り、その中央部のほぼ平坦な最深部まで、右土手を含めてすり鉢状に傾斜しており、本件事故当時その水深は少なくとも約三メートル以上あつたものである。

(三)  右貯水池の北西角には、排水を貯水池に流し込むための排水管(排水用ヒューム管)が設置され、この排水管は、貯水池西側の車道上に造られた排水路と、歩道上に設けられた集水枡で接続されていた。右集水枡は一辺の長さが約七〇センチメートルの正方形で、排水路を流れる排水は、集水枡に流れ込んだ後、その下部に敷設された右排水管の上部にあけられた幅約五〇センチメートルの扇形の穴を通つて排水管に注ぎ込むようになつていた。

右集水枡の上部には、正方形の鉄製の甲蓋(重さ約12.7キログラム、厚さ約三ミリメートル、一辺の長さ約七〇センチメートル)が置かれており、甲蓋の裏面には横滑りを防止するため、集水枡の内壁面(一辺約五八センチメートルの正方形)の四角にはまるように、高さ約五センチメートルの爪がつけられていた。そのため、右集水枡の甲蓋は横に移動することは防止されていたが、排水管の穴については、小学生などが入り込むのを防止する方策はなされていなかつた。

(四)  その後、被告音羽町は、昭和五二年六月から八月にかけて、前記集水枡に接続する西側車道上の排水路改造工事並びに集水枡の位置する歩道上に落蓋式U字溝を設置する工事を行つたため、集水枡の東壁面が取り壊され、歩道上のU字溝の端が集水枡の内部に食い込むこととなつた。

従つて、車道と歩道との境界に設けられた縁石が、集水枡の西壁面と接する部分で破壊されることとなつた。また、歩道上の落蓋式U字溝の甲蓋の上面は歩道面より出つ張つており、集水枡の上面と右甲蓋との間には、約三センチメートルの段差ができることとなつた。

(五)  ところが、被告音羽町は、右工事後も従来の甲蓋をそのまま集水枡の甲蓋として使つていたから、前記のとおり集水枡内部に落蓋式U字溝及びその甲蓋の先端が入り込んだため、集水枡の甲蓋は従来の定位置には置けなくなつてしまつた。すなわち、工事後の甲蓋の位置は、その鉄板の北西角部分が車道と歩道との間にある縁石を超えて車道上にはみ出したうえ、歩道上のU字溝の甲蓋の上面が歩道面より高くなり、甲蓋の上に人が乗ればガタガタ動くようになつた。更に、甲蓋が横に動かないように裏につけられた爪は、縁石が壊されたためすべり止めの機能を失い、甲蓋を車道側に引つ張れば子供でも容易に開けられる状態となつた。

(六)  本件集水枡は、住宅団地である赤坂台団地の一角にあり、しかも小学生の通学路に位置していたから、幼児や小学生が接近する危険性は高かつた。

しかも、集水枡の蓋は容易に移動できる状態であり、子供の興味の対象になり易かつた上、本件集水枡は、子供がやつと侵入できる程度の扇形の穴をあけて排水管に接続されていたから、子供が発見すると探検的好奇心から、集水枡から排水管に侵入し貯水池内へ至つて遊ぶことは充分予見できた。

(七)  本件事故より前に子供が貯水池に転落する事故が発生したことがあり、また、本件事故前、付近に住む被告音羽町の町会議員の真田忠雄が被告音羽町の町役場に電話して、直接町長の堀内重昭に対し、「排水管に子供が入つて遊んでいて危険であるから、管理をしつかりしてくれ」と申し入れたことがあつた。

従つて、このことからも、被告音羽町は、子供が本件集水枡から排水管に侵入して遊ぶことを充分予見し得たものである。

4  被告らの責任

(一) 被告音羽町は、排水管にあけられた穴に子供が出入りできないよう、穴もしくは集水枡の内部に柵等を設けるようにするか、集水枡の甲蓋を小学生の力ではあけられないような重量・構造のものにすべきであつた。しかるに、被告音羽町はこれを怠つていたため、栄一が集水枡の中から排水管を通つて貯水池に転落し溺死したもので、被告音羽町には、公の営造物である集水枡及び排水管の設置管理に瑕疵があつたというべきである。

(二) 被告東海放送会館、同大成建設

被告東海放送会館は都市計画法に基づく開発許可を受けて開発行為をした団地造成業者として、被告大成建設は設計施工をした建設業者として、本来前記のような大きな危険な貯水池を住宅団地内に築造すべきでなく、排水口ないし排水管に転落や侵入防止の設備を設けるか、集水枡へ容易に子供が侵入できないような蓋を設けるべきであつた。しかるに、被告らはこれらの注意義務を怠つたものであつて、いずれも本件事故発生につき過失がある。

以上のとおり、本件事故は、公の営造物である集水枡及び排水管の設置又は管理に瑕疵があつたために生じたものであるから、被告音羽町は国家賠償法二条一項により、また、被告東海放送会館及び同大成建設は、前記の過失があるので、民法七〇九条により、それぞれ本件事故によつて生じた後記損害を賠償すべき責任がある。

5  原告らの損害

(一) 栄一の逸失利益 合計金一四五四万九六三三円

稼働可能期間 一八歳から六七歳まで

収入額(年額) 昭和五四年賃金センサスによる新制高校卒満一八歳男子労働者の年間給与額

生活費控除 五〇パーセント

中間利息控除方法 年五分の割合による新ホフマン式計算方法

(計算式)

1,582,600×0.5×(27.602−9.215)

(二) 慰謝料 金一一二四万〇六一七円(但し、栄一及び原告らの慰謝料の合計額)

(三) 葬儀費用 金四〇万円

原告らは右損害金中(一)及び(二)のうち栄一分について各二分の一の割合で相続し、同(三)については各二分の一の割合で支出した。

6  よつて、原告らは、被告ら各自に対し、右損害金各一三〇九万五一二五円、及び右各金員に対する本件事故発生日である昭和五四年四月一七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。〈以下、省略〉

理由

一事故の発生

請求原因2の事実は、被告東海放送会館及び同大成建設との間では争いがなく、被告音羽町との間でも、〈証拠〉によりこれを認めることができる。

二現場の状況

1  請求原因3の(一)の事実は、本件貯水池は本件事故当時被告音羽町が管理していたとの点を除き、当事者間に争いがない。そして、〈証拠〉によると、本件貯水池は、被告東海放送会館から被告音羽町に所有権が移転された後、その管理は訴外音羽町土地改良区に委任され、本件事故当時は右土地改良区が管理していたことが認められる。

2  請求原因3の(二)の事実中被告音羽町との間で争いのない事実に、〈証拠〉を併せると、請求原因3の(二)の事実、並びに本件事故当時貯水池の水は濁りかつ淀んでおり、水深を確認することができなかつた事実を認めることができる。

3  そして更に、請求原因3の(三)ないし(七)の各事実中被告音羽町との間で争いがない事実に、〈証拠〉を併せると、次のような事実を認めることができる。

(一)  栄一が転落して死亡した本件貯水池は、被告東海放送会館が被告大成建設に請負わせて建設した数百戸の住宅団地(通称三河赤坂台)の中にあつて、形状は矩形をなし、その周囲は被告音羽町の公衆用道路に囲繞され、道路をへだてた北側にスーパー店舗があり、その西側に公民館、児童館、一号公園が順次接続して設けられている。右公衆用道路のうち本件貯水池の西側に接する部分は、車道幅員約八メートルで両側に幅二メートルの歩道が設けられ、その北詰には東西方向の横断歩道があり、一般の通行のほか栄一の通う赤坂小学校生徒の通学路となつていた。

(二)  右通学路の東側(貯水池側)で横断歩道東端に接する歩道内にコンクリート製集水枡が設置されていた。この集水枡は、上部は一辺が約七〇センチメートルの正方形で、下部は直径約五〇センチメートルのいびつな円形となつている深さ約五〇センチメートルの竪穴であり、上部において車道を横断して敷設されているグレーチング蓋付排水用U字溝と東側歩道を横断して敷設されているコンクリート蓋付U字溝とに接続し、下部において地下に埋設されている内径約六〇センチメートルの排水用ヒューム管に接続している。右排水用ヒューム管は、北西よりのびてきて集水枡下部を経て約三パーセントの下り勾配で南東約八メートルにおいて更に長さ約1.65メートル、下り勾配約二〇パーセントの翼壁付コンクリート製吐口にいたり、更に急な斜面を持つ貯水池に通じている。そして、本件集水枡の上部開口部には、一辺約七〇センチメートル、厚さ約三ミリメートル(平面部分)ないし五ミリメートル(山の部分)、重さ約17.8キログラムの縞鋼板製の甲蓋(なお裏面の四隅に滑り止め金具が取り付けられている。)が設置されていた。

(三)  ところで、被告大成建設が本件集水枡等を施工した当時は、東側歩道上を横断し集水枡に接続するコンクリート蓋付排水用U字溝はなく、また車道を横断して集水枡に接続する排水溝は、事故当時のグレーチング蓋付排水用U字溝ではなく、ユーリット蓋付排水用U字溝が敷設されていた。そして更に、本件集水枡上部中央付近を横切つてガードレールが設置されていた。

集水枡の甲蓋と車道を横断する排水用U字溝との間には隙間があつたものの、右甲蓋は集水枡を完全に覆いこれに密着して定位置にきちんと収まるように施工され、裏面の四か所の滑り止め金によつて横への移動はどの方向にもできないようになつていた。そして、その位置がガードレールの真下であつたことから、さほど目立たず、上方向へ引つ張つて開けるのもさほど容易ではなかつた。

(四)  ところが、その後昭和五二年六月から八月にかけて、本件集水枡付近の排水路改良工事が被告音羽町によつて行われ、車道に敷設されていたユーリット蓋付U字溝が除去され、その場所に新たにグレーチング蓋付U字溝が設置された。また同時に、何もなかつた集水枡東側歩道上に、新たにコンクリート蓋付排水用U字溝が敷設され、いずれのU字溝も集水枡上部に接続された(前記(一)参照)。

右工事後も集水枡の蓋としては従前のものが使用されることとなつたが、歩道上に設置されたU字溝が集水枡の東側から接続されたため、集水枡の東壁面が取り壊され、コンクリートの蓋が歩道面よりやや高くなつていたため、集水枡の甲蓋の一部が右コンクリートの蓋の上に乗る形となり、その東側が定位置にぴつたりはまり込む形では置けなくなつてしまつた。また、西側においても、従前西方向への横移動を阻止していた縁石が一部右改良工事により取り壊され、滑り止めの役目を十分に果たせなくなり、特に西方向への移動が可能となつた。そして、右甲蓋の北西角部分は、車道と歩道との境の縁石を超えて車道にはみ出し、甲蓋の上面の高さが全体に幾分歩道面より高くなつた。

そこで、右甲蓋の上に人が乗るとガタつくようになり、特に西方向への甲蓋の移動は、栄一のような小学校一年生程度の幼児でも二人でやれば容易にできるようになつた。そのため、時にはずれたままになつていたこともあつた。

また、施工後本件事故までの間に、集水枡上部に設置されていたガードレールは除去され、丁度集水枡北端付近までしか設置されていない状態となり、集水枡上を歩行者が通行することが可能となつた。更に、集水枡のすぐ南側に前記横断歩道が設置されるにいたつた。

(五)  本件貯水池の周辺には当初より高さ約1.5メートルのネットフェンスが設けられていたが、時には小学生らがこれを乗り超えたり、地面との隙間をくぐつて貯水池の土手に入り込み遊ぶこともあつた。昭和五〇年に、本件貯水池に子供が転落する事故が発生した(幸い発見が早く救助された。)が、被告音羽町はこの事件につき、町議会における質問に対し、「今回の事件はフェンスの下面と土地の間の一八センチメートルくらいの隙間をくぐつて子供が入つたのが実情で、子供の好奇心による事故と思われ、今後この種の事故のないよう措置したい」との趣旨の回答をした。

(六)  そして、本件事故当日、栄一は、友人の瓜生博之(昭和四七年八月一六日生)と共に遊んでいるうち栄一の「秘密の基地」に行くと言つて、本件集水枡へ来て、二人で本件甲蓋をはずして、本件集水枡から排水用ヒューム管を通つて貯水池側出口付近に至り、自宅から持つて来た懐中電燈をコンクリート製吐口の脇の土手に置き、同所付近で菓子を食べていたところ、右懐中電燈が貯水池内に転がり落ちたのを取ろうとして、誤つて貯水池に転落した。

三原告らの責任

1  被告音羽町

前記二に判示したとおり、本件貯水池は、満水時約四メートルという水深及び急傾斜のすり鉢状の形状からして、年少の子供が転落した場合には非常に危険なものであつたと認められる。そして本件集水枡に接続する排水用ヒューム管は、下り勾配約二〇パーセントの比較的急なコンクリート製吐口を通じて、直接貯水池に接続していたから、子供が本件集水枡から排水用ヒューム管の中に入り込んだ場合には、本件貯水池に転落する事故の生ずることが当然予想されるところである。

本件貯水池及び集水枡は住宅団地の中にあり、貯水池自身年少の子供の好奇心の対象となりやすい上、本件集水枡は一般に人が集まりやすく、かつ通学路になつている歩道上に設置されていて、その上に設置されていた本件甲蓋が以前より目につきやすくなり、ガタつきがあり、しかも移動が比較的容易であつたこと、並びに集水枡の下部で年少の子供なら容易に入れる程度の開口部を通じて排水用ヒューム管に接続していたことから、年少の子供にとつて本件集水枡は好奇心や探求心の恰好の対象となり易いものであつたということができる。そして、以前に本件貯水池に子供が転落する事故があり、その危険性がつとに指摘されていたのであるから、危険な本件貯水池に直結する本件集水枡を設置管理する被告音羽町としては、子供らが本件集水枡に入り込むこと、そして、集水枡に入つた子供らは、これに接続している排水用ヒューム管内を移動して転落の危険性の極めて大きい吐口にいたることを予見しうべきものというべきである。

従つて、被告音羽町は、集水枡に歩行者等が転落するのを防止するだけでなく(本件甲蓋は転落防止に関してだけいえば、通常の機能を有していたと認められる。)、集水枡に子供が入り込まないように、容易に動かしえない甲蓋を設置する必要があつたというべきである。しかし、前記二の3の(四)に認定したとおり、本件事故当時集水枡に設置されていた甲蓋は、年少の子供でも比較的容易に移動することが可能であつたから、被告音羽町の本件集水枡の設置管理には瑕疵があつたと解するのが相当である。

そして、本件事故後に被告音羽町によつて本件集水枡に設置されたコンクリート固定蓋のような立入り防止の設備が予め本件事故前に設置されていたならば、本件事故は発生しなかつたことが明らかであるから、結局、本件事故は被告音羽町の本件集水枡の設置管理の瑕疵に基づいて発生したものというべきである。

よつて、被告音羽町は、原告らに対し、国家賠償法二条一項に基づき、本件事故に基づく損害を賠償すべき義務がある。

2  被告東海放送会館、同大成建設

右1に判示したように、本件貯水池は年少の子供が転落した場合にはきわめて危険なものではあるが、本件貯水池は農業用水及び防火用水という合理的な目的で設けられたものであつて(前記二の2)、その有する危険性は他の適切な方法で除去が可能であるから、右被告らが右貯水池を設置したことが本件事故に対する過失を構成するものとは認められない。

また、前記二の3の(三)に認定したように、本件集水枡施工時におけるその甲蓋は、本件事故時に比して目立ちにくく、その移動は容易ではない状況であつたと認められるから、右被告らに施工につき過失があつたとはにわかに認めることができない。

よつて、原告らの被告東海放送会館及び同大成建設に対する請求は理由がない。

四損害

1  相続関係等

請求原因1の事実は、被告音羽町との間で争いがない。そして、〈証拠〉によれば、原告ら以外には亡栄一の相続人はいないことが認められるから、原告らは法定相続分(各自二分の一)に応じ、右栄一の本件事故による損害賠償請求権を相続により取得したものというべきである。

2  逸失利益

〈証拠〉によれば、亡栄一は本件事故当時健康な小学校一年生の男子であつたことが認められ、死亡当時六歳七か月であつたことは原告と被告音羽町との間で争いがない。

当裁判所に顕著な厚生省昭和五五年簡易生命表によれば、栄一は本件事故で死亡しなければなお七三年生存し、この間満一八歳から六七歳に達するまで四九年間稼働できたものと推認することができる。そして栄一は、右期間を通じ、当裁判所に顕著な昭和五六年賃金センサス第一表企業規模計産業計旧制中学・新制高校卒一八、一九歳の男子労働者の平均年間給与額金一五八万二三〇〇円を毎年得ることができたものと考えられ、右金額を基礎に、五〇パーセントの生活費を控除し、年別のホフマン式により年五分の中間利息を控除して、栄一死亡時の逸失利益の現価を算定すると、金一四五四万六五五八円(円未満切捨て、以下同じ。)となる。

よつて、原告らは右逸失利益についての損害賠償請求権を、各二分の一の法定相続分に応じ、各金七二七万三二七九円ずつ取得したものというべきである。

3  慰謝料

本件事故による亡栄一の死亡により、栄一及び原告らが多大の精神的苦痛を受けたであろうことは容易に推認できる。本件弁論にあらわれた諸般の事情を考慮すると、右苦痛に対する慰謝料は、相続分及び原告ら固有分をあわせ、原告各自につき金五〇〇万円と認めるのが相当である。

4  葬儀費用

〈証拠〉によれば、原告らにおいて亡栄一の葬儀を執り行い、各自金二〇万円を下らない費用を支出したものと認められる。右費用は、本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

五過失相殺

前示のとおり、亡栄一は本件事故当時六歳七か月の小学校一年生の男子であつたところ、〈証拠〉によると、原告両名及び亡栄一は昭和五一年三月より本件事故現場から一〇〇メートル程離れた本件住宅団地内の原告ら肩書住所地に居住していた(但し原告榮は一時別居していた。)こと、本件貯水池付近の様子については、原告両名は勿論のこと、亡栄一も、事故発生の昭和五四年四月初めに小学校に入学する前は、右団地内の赤坂保育園に二年間通園し、事故までの間に友人宅との往復や散歩などに本件貯水池付近ないし西側歩道を時々通行することによりこれをよく承知していたこと、原告らは日頃から栄一の外出時にはなるべく同行し、栄一が一人で外出する際には必ず行先を確認の上外出を許可するようにしていたことなど、一般的には同人の安全について通常の配慮をしていたが、本件貯水池に関しては、原告榮は何らの注意を与えたりすることもなく、原告洋生も右貯水池に近寄つてはならない旨日頃一般的な注意を与えていたに過ぎないことが認められる。

右事実によれば、栄一は、本件貯水池に立ち入つてはならずこれに近づけば転落する危険のあること、従つて本件集水枡より排水用ヒューム管に立ち入り貯水池に近づいてはならないことを確認しえたものと認めるのが相当であるから、栄一には本件事故発生につき過失があつたといわざるをえない。また、原告両名においても、本件貯水池の危険性に照らし両親として栄一に対し貯水池に転落する危険のある行動を具体的に抑止する義務があつたというべきであるところ、前段認定の事実によれば、原告両名は右抑止義務を怠つたというほかないから、やはり本件事故発生につき過失があつたと認められる。

よつて、栄一及び両親の右過失は被害者側の過失として本件損害賠償額算定に当たり斟酌されるべきであり、前示本件集水枡の瑕疵の内容や本件事故の態様に照らし、損害額算定について七割五分の過失相殺をするのが相当である。前記四の2ないし4のとおり原告らの損害はそれぞれ金一二四七万三二七九円となるから、これらの損害額に七割五分の減額をすると、原告らが被告音羽町に請求できる分は、それぞれ金三一一万八三一九円となる。

六むすび

以上の次第であつて、原告らの本訴請求は、被告音羽町に対し、各金三一一万八三一九円とこれに対する本件事故発生の日である昭和五四年四月一七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当としてこれを認容し、被告音羽町に対するその余の請求並びに被告東海放送会館及び同大成建設に対する請求をいずれも失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(浅野達男 岩田好二 藤田敏)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例